祈り
神様仏様花音様
花音ちゃん
会いたい。
わたしは生活ができない。いつだって吐き気と涙に追い立てられて、何をしていても苦痛だ。あれがしたいこれがしたいという欲求も、ものごとを楽しむ気持ちも、美しいものを美しいと感じる心も、消滅しかかっている。授業に出ているだけで泣いてしまうなんて滑稽だ。病院へも行けなくなってしまった。初めて仕事を休んでしまった。もうわたしにできることはない。好きなおんなのこもいて好きなおとこのこもいて周りからたいせつにされて、申し分なく幸せなはずなのに。誰のせいでもない。すべてわたしが悪いんだ。助けてほしいなんてとても言えない。
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花音ちゃん
会いたい。
わたしは生活ができない。いつだって吐き気と涙に追い立てられて、何をしていても苦痛だ。あれがしたいこれがしたいという欲求も、ものごとを楽しむ気持ちも、美しいものを美しいと感じる心も、消滅しかかっている。授業に出ているだけで泣いてしまうなんて滑稽だ。病院へも行けなくなってしまった。初めて仕事を休んでしまった。もうわたしにできることはない。好きなおんなのこもいて好きなおとこのこもいて周りからたいせつにされて、申し分なく幸せなはずなのに。誰のせいでもない。すべてわたしが悪いんだ。助けてほしいなんてとても言えない。
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- [2008/09/30 18:20]
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女神
「持つ者」と「持たざる者」との差異について語ることは、おそらくわたしにとって非常な苦痛を伴うのだが、さきほど流し込んで喉を焼いたウイスキーの熱がどうやら頭のほうへも回ってきたので、ほろ苦い陶酔感の走るに任せて今夜はこのまま書き進めてみようと思う。結論から言うと朝水は「持つ者」でわたしは「持たざる者」だ。思えば十四歳の時分にして、寒川朝水はすでに神であった。挙動不審、情緒不安定、つかみどころがなく、誰よりも儚げに見えて、まなざしに宿る光は誰よりも強く、その容姿から立ち居振る舞いの細部に至るまでが、誰よりも壮麗だった。肩まで下りた黒い絹のような髪が揺れるのを目にするたび、わたしは鐘の音をきくような気持ちになった。いつもどこか遠くを見ているような冴え冴えとしたふたつの瞳が、この世界を一体どんなふうにとらえているのか、わたしは知りたいと願ってやまなかったが、同時にそれは何だかとても恐れ多い望みであるようにも思われて、尊敬と畏怖のからみあったひりつくようなもどかしさに、もうどれだけ胸を焦がされたかわからない。
彼女がいつから芝居をはじめたのか、正確なところをわたしは知らないけれど、ずいぶん幼いうちから稽古をしていたと聞く。わたしが彼女の演技を直接観たのは、十四歳のある冬の日の一度きりだったが、胸の内側をつかまれ引っ張り出されるような張りつめた揺るぎない瞳や、呼吸をも忘れさせられんばかりの圧倒的な存在感に出会えば、尋常でない才能の持ち主であることは瞭然だった。ひとたび彼女が舞台上に立つと、周囲の空気は一瞬にしてきらめく細かな結晶となって音もなくあたりに降りそそぎ、頭のてっぺんから爪の先まで、彼女の身ぶりやしぐさのひとつひとつがまるで清らかな水を払うようで、髪のひと筋ひと筋から、長い指の先から、夥しい光の粒子が長く尾を引く錯覚をすら起こさせるのだった。
しかし、才能などという言葉はあんまり安直でみすぼらしく、彼女を語るにあたってはふさわしくないかもしれない。かといってほかに適当な単語も思いあたらないのだが、ともかくもっとずっと厳かな美しい孤独を彼女は両肩に背負っているのだ。解けることのない、永劫の孤独。ああ、わたしのような卑小な人間には想像の及ぼうはずもないが、彼女がたったひとりで抱えてきた痛み、その焼けつくようなつめたさを思うと、不遜ながら涙の出る心もちである。
焼けるようでもあり凍てつくようでもある、熱病のようなわたしの彼女に対するこの感情は一体何であろうか。尊敬とも憧憬ともまったく異なる――もっと生々しく煮立った、くすんだ青色の苦い執着。思えばこれこそがわたしにとっての恋ではなかったか。わたしに同性を恋愛の対象とする傾向はないが、しかし――一般に存在するとされる、恋にまつわるさまざまの欲望、共にありたいという欲求、性愛の衝動、その身に触れたい、近づきたいという思い――そういうものをすらすべて超越した、ただ圧倒的な恋、ひたすらに存在が存在に惹きつけられるだけの、絶対不可避の揺るぎない恋、そういうものもまたありうるのだということを、わたしは否応なく実感させられている。寒川朝水という存在へ、いつも心が向かわざるをえないわたしの存在が、何より確かにそれを裏づけて
彼女がいつから芝居をはじめたのか、正確なところをわたしは知らないけれど、ずいぶん幼いうちから稽古をしていたと聞く。わたしが彼女の演技を直接観たのは、十四歳のある冬の日の一度きりだったが、胸の内側をつかまれ引っ張り出されるような張りつめた揺るぎない瞳や、呼吸をも忘れさせられんばかりの圧倒的な存在感に出会えば、尋常でない才能の持ち主であることは瞭然だった。ひとたび彼女が舞台上に立つと、周囲の空気は一瞬にしてきらめく細かな結晶となって音もなくあたりに降りそそぎ、頭のてっぺんから爪の先まで、彼女の身ぶりやしぐさのひとつひとつがまるで清らかな水を払うようで、髪のひと筋ひと筋から、長い指の先から、夥しい光の粒子が長く尾を引く錯覚をすら起こさせるのだった。
しかし、才能などという言葉はあんまり安直でみすぼらしく、彼女を語るにあたってはふさわしくないかもしれない。かといってほかに適当な単語も思いあたらないのだが、ともかくもっとずっと厳かな美しい孤独を彼女は両肩に背負っているのだ。解けることのない、永劫の孤独。ああ、わたしのような卑小な人間には想像の及ぼうはずもないが、彼女がたったひとりで抱えてきた痛み、その焼けつくようなつめたさを思うと、不遜ながら涙の出る心もちである。
焼けるようでもあり凍てつくようでもある、熱病のようなわたしの彼女に対するこの感情は一体何であろうか。尊敬とも憧憬ともまったく異なる――もっと生々しく煮立った、くすんだ青色の苦い執着。思えばこれこそがわたしにとっての恋ではなかったか。わたしに同性を恋愛の対象とする傾向はないが、しかし――一般に存在するとされる、恋にまつわるさまざまの欲望、共にありたいという欲求、性愛の衝動、その身に触れたい、近づきたいという思い――そういうものをすらすべて超越した、ただ圧倒的な恋、ひたすらに存在が存在に惹きつけられるだけの、絶対不可避の揺るぎない恋、そういうものもまたありうるのだということを、わたしは否応なく実感させられている。寒川朝水という存在へ、いつも心が向かわざるをえないわたしの存在が、何より確かにそれを裏づけて
- [2008/09/25 12:23]
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自殺予防週間? タイミングの問題ってことか?
情緒不安定が激しい。
時期的なものだとわかってはいても、なかなか慣れないのだ。人を傷つけ困らせもすれば、あとから泣いてすがる。きっといい迷惑だろう。わたしはわたしでいることに疲れてしまう。
流れ流れる言葉に耳を傾ける時間がとても好きだ。
色違いのたばこに火をつけて、同じコーヒーを飲みながら、わたしの知らない世界の話をききながら、わたしは笑う。困ったように、すこし情けない顔をして笑う。わたしは自分の頭が足りないことがさみしいけれど、相手は何も咎めずに話をつづけてくれる。
どうか、いつも――いつでもこの時間がうしなわれることなく、わたしのそばにありますように。わたしとともにありますように。
なんて、たまには書いてみたい。
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時期的なものだとわかってはいても、なかなか慣れないのだ。人を傷つけ困らせもすれば、あとから泣いてすがる。きっといい迷惑だろう。わたしはわたしでいることに疲れてしまう。
流れ流れる言葉に耳を傾ける時間がとても好きだ。
色違いのたばこに火をつけて、同じコーヒーを飲みながら、わたしの知らない世界の話をききながら、わたしは笑う。困ったように、すこし情けない顔をして笑う。わたしは自分の頭が足りないことがさみしいけれど、相手は何も咎めずに話をつづけてくれる。
どうか、いつも――いつでもこの時間がうしなわれることなく、わたしのそばにありますように。わたしとともにありますように。
なんて、たまには書いてみたい。
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- [2008/09/15 17:36]
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酩酊
柳楽優弥が急性薬物中毒で病院へ運ばれたそうだ。
大量服薬ときいて「自殺未遂か、それとも事故か」とニュース記事は口をそろえる。やはりこの国にはまだまだ、自殺でない自損行為という概念が存在しないのだなあと思う。ごくまれに本気で服薬自殺をはかる人間もあるが、大量服薬という行為のみからはそもそも自殺が目的であったかどうかの判別はできないはずだ。必ずしも死ぬつもりというわけでない自損行為は確かに存在する。逃避が目的であったり、ただもうすさまじい破壊衝動に起因したりするそれを、なかなか社会は認めたがらない。
加護愛のリストカット告白を思い起こした。あのときもメディアはこぞって「本気の自殺未遂だったのか、それともためらい傷だったのか」と騒いだ。どちらでもない自損としての自損があることを彼らは知らない。もし、リストカットがおしなべて自殺へ向かうためのものなのだとしたら、これを書いているわたしの未遂回数は軽く三桁に及ぶことになるだろう。何だそれ。馬鹿じゃねえの。
薬物中毒で搬送されたということは、彼はおそらく胃洗浄を受けるはめになったのだろう。いっそ死んだほうがましかと思うほど胃洗浄は苦しいものであると聞く。苦しさに追い立てられて服薬した結果が地獄の苦痛であっては、あまりに不幸ではないか。どれだけ彼の心は痛んだことだろう。せめてこの事件が、彼の周囲の注意や配慮を喚起することになれば、と思う。
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大量服薬ときいて「自殺未遂か、それとも事故か」とニュース記事は口をそろえる。やはりこの国にはまだまだ、自殺でない自損行為という概念が存在しないのだなあと思う。ごくまれに本気で服薬自殺をはかる人間もあるが、大量服薬という行為のみからはそもそも自殺が目的であったかどうかの判別はできないはずだ。必ずしも死ぬつもりというわけでない自損行為は確かに存在する。逃避が目的であったり、ただもうすさまじい破壊衝動に起因したりするそれを、なかなか社会は認めたがらない。
加護愛のリストカット告白を思い起こした。あのときもメディアはこぞって「本気の自殺未遂だったのか、それともためらい傷だったのか」と騒いだ。どちらでもない自損としての自損があることを彼らは知らない。もし、リストカットがおしなべて自殺へ向かうためのものなのだとしたら、これを書いているわたしの未遂回数は軽く三桁に及ぶことになるだろう。何だそれ。馬鹿じゃねえの。
薬物中毒で搬送されたということは、彼はおそらく胃洗浄を受けるはめになったのだろう。いっそ死んだほうがましかと思うほど胃洗浄は苦しいものであると聞く。苦しさに追い立てられて服薬した結果が地獄の苦痛であっては、あまりに不幸ではないか。どれだけ彼の心は痛んだことだろう。せめてこの事件が、彼の周囲の注意や配慮を喚起することになれば、と思う。
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- [2008/09/05 11:23]
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